ギャンブル中毒回顧録 第12話
1.卒業からの就職
日本に帰国してから、就活や単位の取得という現実が私に襲いかかった。
どうにか大学4年の夏が来る頃には、大手製造業への内定を勝ち取ったのだが、今度は卒業のための単位取得でキャンパスライフが中心の生活となっていた。
大学4年になっても旅をしていようと考えていたのに、結局あのアメリカ旅行が最後の旅となったまま私は大学を卒業した。
そして、新卒で就職した会社で配属された部署は総務部だった。
私の夢は海外で働くというものだった。就職した会社の志望動機は海外に複数支社や工場があり、海外で働くという未来が見える気がしていたからだった。
しかし業務内容は社内のオフィス環境の改善やら人事評価制度の運用といった内容ばかり。
ここで働いていても海外で活躍するという未来は閉ざされて行くように感じていた。日々成長を実感しつつも、自分が目指す未来像とどんどん違う方向にいってしまっている自分を感じていた。
それでも2年間はひたすら一人前の社会人になるべく日々真面目に仕事と向き合った。
そんな私に再び海外に行く機会が訪れたのは、当時付き合いはじめた彼女との初めての海外旅行だった。
彼女とは合コンで出会った。彼女はベンチャー企業で営業事務として働いていた。
どこにでもあるありふれた出会い、ありふれた恋だったが、社会人になってから初めてできた彼女で控えめに言っても美人だったので大切にしていた。
もともと恋愛とは縁があまりなく恋愛偏差値が30未満だった私は、付き合ってすぐに結婚を意識していた。
一方でいつかは海外へ行きたいという夢を叶えるために結婚をしてしまってもいいのか?という思いがあった。いまこの会社で総務としてのキャリアを積めば積むほど海外部門への異動が遠く感じてしまうため、自己実現のために転職を強く意識していたのだ。
しかし結婚となると簡単に転職もできないしキャリアチェンジもできないだろう。
自己実現か、目の前の幸せを選ぶべきか。
そんなふうに思い悩んでいた時期に彼女から今度一緒に海外旅行に行こうよ!という誘いをうけたのだった。
お互いにお金もなければ若手なので、長い有給休暇を取れるような身分でもない。
結局お互いにどうにか休みがとれたのが、夏休みのハイシーズン4日間だった。
ソウル行き航空券が8万円という時期ではあったが、初めての彼女との海外旅行に気持ちは浮き立っていた。
学生時代、アメリカ・ヨーロッパ・アジアは周遊したが、韓国・台湾・フィリピンなどの日本から4-5時間で行ける国は行ったことがなかった。
それらの国は陸路で国境を越えるバックパッカーの旅には向いていないというのもあったし、何よりこんなふうに社会人になっても休みを利用していつでも行けると考えていたからだ。
韓国行きが決まってから、彼女は旅程やらホテルはどこにしようなどと事前調査をしていた。
私にはそれが妙に新鮮に映った。
行きたい場所に行き、ホテルはその場で探すというのが私の旅だったので、今回の韓国は旅というより旅行だな。なんてことを考えていた。
2.韓国旅行初日
仁川国際空港に到着した私達は早速予約していた明洞のホテルへとタクシーで向かった。
今までは市内まで最安値でいくために空港に着くとバスか鉄道を探したものだ。
バックパッカー時代はタクシーに乗るのは、交通手段がタクシーしかない場合や、バックパッカー仲間とシェアするとき、そして本当に道に迷ったり困ったときだけだった。
いかに安くすませるかが一つのテーマでもあったバックパッカー時代の旅をする機会はもうないのかもしれない。
それが少し悲しくもあった。
昼過ぎにホテルに到着した我々はソウル観光に乗り出す。
韓国ドラマが好きな彼女のために韓国ドラマの撮影現場によく使われるという北村八景へと向かった。
ホテルに戻ったのはちょうど日が暮れたころだった。
「さて夜は何しようか?」と彼女に聞くと、彼女はカジノに行ってみたいと言い出した。
カジノという言葉とともに、トロントの思い出が一瞬にして蘇った。
1,000ドルを溶かしたときのあの絶望感。無一文でカジノを後にしたときのあの苦い思い出。
しかし最終的に400ドルを4,000ドルにして勝利を掴んだ。あのときの勝利は喜びも大きかったが、カジノをあとにした直後に心を満たしたのは何よりも安堵感だった。
ソフィアのせいというのが最も大きいのだが、カジノのせいで旅が終わったような気がしていたので私は結局敗北感を感じていた。しかし事実私は勝った。
2日目の第一ラウンドは最初に1,000ドル溶かしているものの、前日も500ドル勝っているので、トータル3,100ドルを勝っているのだ。
今思うとあのとき、私は今の月収以上のお金をわずか2日で稼いだのだ。
社会人になってからも実家暮らしは続いていたが実家にお金を入れている。アルバイトもできない。
時間があればアルバイトをしていた学生時代のほうが、使えるお金は確実に多かったものだ。
いまはあの頃より成長しているはずなのに思うようにお金を稼げない。
お金を稼ぐことの大変さを社会人になってから痛感していた。
(行きたい。あのときにみたいに、サクッと5万円・10万円を稼ぎに行こう!)
しかし、3泊4日の旅行で初日からカジノに行って負けた場合、その後の旅行はお通夜になるかもしれないし、最悪ほぼ文無しになるケースも思いついた。
「カジノはやめておこう。今回10万円しか持ってきてないしさ」
と彼女に告げた。
すると、彼女の返答は私の想像の斜め上をいった。
「じゃあ1人で行ってくるよ!」
(そうだった!こいつ、パチンコとかたまに打つし、パチンコの話しで仲良くなったんだっけ。。。麻雀も教えたらかなりハマってたし。。)
「・・・・。じゃあ一緒に行くよ」
そして私は彼女と一緒にこれから先、長いことお世話になることとなるソウルウォーカーヒルへと向かった。