ギャンブル中毒回顧録 第3話

1.ソフィアのために買い物へ

1.ソフィアのために買い物へ

あれは決して忘れもしない。トロントについて4日目のことだった。いや5日目だったか?いや、3日目くらいの夜だった気がする。

相変わらず、ソフィアは私の金で同じ部屋に泊まり、私の金でその空腹を満たし、私の金で観光を楽しんでいた。

そして、私はすっかり幸せだった。まだ手すら握っていなかったのに、私は彼女に、いつかイタリアで就職するから一緒になろうと言った。

彼女はそんな私の言葉を聞いて声を出して笑った。
私はその笑い声を快諾の2文字と受け取った。

この旅は早く終わらせよう。日本に帰って、イタリア語を勉強しよう。いや、イタリアに支社がある日本の会社に就職するほうが安定しているかもしれない。
そんなことばかり考えていた。

夏が終わったばかりだと言うのに、トロントはもう夜になると肌寒く秋の気配をにじませていた。

ソフィアと早めの夕食を済ますと、私はなにか羽織るものが欲しかったので、近くのショッピングモールに行こうと彼女を誘った。

彼女は、体調が悪いから部屋にいたいと言った。

なにか買ってくるよ?と伝えると、何もいらないと言ったあとに少し逡巡した素振りを見せると、やっぱり買ってきてほしいものがあると言った。

風邪の引きはじめのような気がするから明日も出れないからもしれない。部屋で過ごすならイタリア語の本がほしい。
そして、栄養ドリンクと寒いので私もなにか羽織る物が欲しいと。

彼女に頼られたのが、私は嬉しかった。
思えば今まで、ホテル代も食事代も移動費も全て私が、「いいよ。払うよ!」と私が勝手に出していたが、彼女がなにか欲しいと甘えたことはなかった。

遠慮がなくなってきたのは、2人の距離がどんどん近づいてきたことを私に実感させた。

私は、喜び勇んで一人部屋を出た。部屋で弱っている彼女のために、買い物に行くというのがただただ嬉しかった。

そして、一人でショッピングモールに向かいながらも、私は一人でないことを実感していた。誰かのために、私はいま買い物に出ているのだから。

ホテルを探す際に、近くにショッピングモールがあることは確認済みだった。徒歩10分もかからない。
私は徒歩で一人、ショッピングモールに向かう。思えばトロントに着くまで、一人きりの時間はなかった。たまには一人というのもいい。そんなことを思いながら。

でも、それはもちろんソフィアとほぼ一緒に時間を過ごす前提の話しだ。

私は、近くのショッピングモールで、自分用と彼女用のパーカーを買った。
色はお揃い。女性ものの服を買うなんて、いままでの人生では決して訪れたことない機会だった。それが妙に嬉しく、誇らしい気持ちにさせた。

そして、彼女のリクエスト通りに本屋へと向かったが、フランス語と英語が公用語のカナダでイタリア語の本はなかなか見つからない。

どうしたものか。ここは繁華街だし、もう少し他の本屋も探してみよう。

そう思って、行きずりの人に本屋の場所を尋ねるが、誰も先ほど行ったショッピングモールにある本屋を教えてくれる。どうやら、ここがこの付近では一番大きい本屋らしい。

明日彼女のために、もっとでかい本屋がないか探してみるか。

私はそう思って、帰り際に栄養ドリンクと彼女が好きなオレンジを買って帰路についた。

少し小走りに、彼女に会いたい一心で、私はホテルの帰路を急いだ。
思えば、好きな女性の看病をするというシチュエーションに対しての下心もあったのだろう。。

彼女は弱っている。だから、一秒でもそばにいてあげたいし、あわよくばキスなんてこともあるかもしれない。
弱っている私の愛する女性が、私に身を任せるという。それはなんとも言えぬ甘美さを私に思い起こさせていた。

ホテルに戻ると、エレベーターのボタンを押す。

乗り込んで、「閉」ボタンを押し、実際に扉が閉じるまでの時間が、そして目的の階に向けて動くエレベーターの動きが妙に遅く感じて私は苛立ちを覚えた。

エレベーターの動きが遅いなんて感じたことは、普段はほとんどなかった。
恋をすると、待っている人がいると、こんななんでもないことにまで感情を動かされるという事実を噛みしめるように私はつぶやいた。

「おせぇーな。。。」

そして、そんな自分がおかしくなって「ふっw」と笑った。これが幸せというやつか。

2.事件勃発

2.事件勃発

エレベータを出て、彼女の顔を早くみたい一心で小走りに部屋へ戻ると、急いで鍵穴に鍵を差し込んだ。

しかし、相変わらず紳士を気取っていた私は、トイレなり、着替えなりしていたら都合が悪いだろうとすぐに考え直した。

2,3回部屋の扉を叩きノックをする。返事はない。
今度は壁越しに英語で語りかける「ソフィア?戻ってきたよ?入っていい?」

相変わらず返事はない。どうやら寝てしまったのかな?看病をしたいという思いもあったが、それはそれで好都合なような気もした。

私は彼女が欲しがったイタリア語の本を買うことができなかったのだから。

寝ているのかもしれない彼女を起こさぬよう、私は極力音をたてないように、鍵穴に鍵を差し込み、部屋の扉をゆっくりと開けた。

部屋は暗い。窓から差し込むネオンの光が暗い部屋をわずかに照らし出している。

私はふとした胸騒ぎをおぼえながら、ゆっくりと部屋の中に足を踏み入れた。

ベッドにいるはずのソフィアがいないように見えた。いや、はっきりいなかった。私はその事実を受け入れる少し時間を要した。

トイレかお風呂にでも入っているのかと思ったが、人の気配はしない。

私は部屋の明かりをつけるのも忘れて、バスルームの扉をノックしていた。返事はない。

すぐにその場を離れて、部屋の扉に向かう途中、なにかが私の足にあたった。それは床に散らばったソフィアのために買ったオレンジだった。
私は、彼女のために買ってきた買い物袋をいつのまにかその場に放り投げていたのだった。

部屋を出て、エレベーターへと急いで向かった。ついさっき、私が降りたばかりなのに既にエレベーターは1Fにあるようだ。

苛立ちを抑えきれず、私は何度もエレベーターのボタンを押した。

エレベーターを待つ間に、部屋の様子を思い返した。そういえば、彼女の荷物もなくなっていた。

私は彼女の身になにかあったのではないか。そう思っていた。

しかし、彼女の荷物もなくなっていたということは、彼女の意思であの部屋を出ていったということではないのだろうかということに気づいたのだ。

「まさか。。。」

私は、急いで部屋に戻る。部屋の鍵を締めるのなんてすっかり忘れていた。そのまま部屋の扉を開けると、急いで自分の荷物に隠してある財布の所在を確認した。

果たして、そこに私の財布はなかった。

どこかに入れ間違えたのではないかと、私は自分の荷物をひっくり返した。

しかし、どこにも財布がない。そしてカメラもなくなっていることに気づいた。

焦りはすでに限界を超え、私は文字通りその場で凍りついた。

ひざまずいて荷物をあさっていた私のすぐそばに、彼女のために買ったオレンジが2つ転がっていた。。

持ち金約50万円がなくなっていた。正確に言うと、5万円相当は靴底の裏に隠していたので45万円相当が消えていた。

再び私はすぐに部屋を飛び出すとホテルのフロントに彼女の姿を見なかったか聞いたが、見ていないと言われる。

今すぐ追いかけて、このトロントの町中で彼女を探すのは現実的ではない気がした。なにより、私はショックで何もする気が起きなかった。

力なく、エレベーターに戻ると、私はベッドに突っ伏した。

お金ではなかった。彼女を失ったのが辛かった。お金なんて、彼女がそばにいてくれたなら全部あげたのにと思った。

でもお金を失ったのも辛かった。

その夜、私は、ただひたすら泣いた。もうイタリア人は信じないと心に決めた。次はフランス人あたりにしようと考えながら泣いていた。