ギャンブル中毒回顧録 第10話
1.初めてのルーレット
400$をチップに変えて、ルーレットテーブルに座った。
座ったのはミニマムベット10$の卓だった。
どうせドカンと赤黒に賭けるつもりだったので、ミニマムはどうでも良かった。
座ってすぐルーレット卓のプレイヤーの迫力に圧倒された。ベットラウンドになるとディーラーがベット終了の合図となる鐘を鳴らすまでひたすらプレイヤーは、鬼気迫る勢いで数字にベットしていく。
0、00と36までの数字がありプレイヤーはほぼみな数値の配置を暗記しているようだ。ルーレットの数字の配置は0、00~36まで規則正しく並んでいるわけではない。18の隣は6と31だ。なのでプレイヤーは18周辺に落ちるだろうと予測したら、6,31,19,8,21,33とベットしていく。ベット時間は前のゲーム終了時から、ディーラーが実際に玉をルーレット台に投げ込んである程度回ってからだ。
この限られた時間。特にディーラーが玉を投げ込んでから鐘を鳴らすまでにプレイヤーのベットは集中する。
いちいち数字の配置を確認している時間はないので、熟練者はこの数字の配列を完全に頭に入れているのだ。
私は他のプレイヤーが数字にベットしていく状況を見守りながらひたすらある数字を待っていた。
「0か00に入ったらベットをしよう」
出る目を直接当てに行くベット方法はインサイドベットと呼ばれる。そして、赤黒や奇数か偶数のどちらかに賭けるというベット方法はアウトサイドベットと呼ばれる。
そしてアウトサイドベットの場合、0か00は問答無用で負けとなってしまう。
いきなりゲームに入って0か00で負けた場合、興ざめにも程があるので一度その出目が出てから勝負しようと考えていた。
冷静に考えると確率は常に変わらないのだが、感覚的に2連続で0か00に入ることは考えがたいと感じていた。そして卓に座って20分ほどで0がやっと出た。
手持ちの400$を倍々で増やしてやる!というつもりだったのに、0が出るまで待っている間に私は少し冷静になってしまっていた。ということで、まず様子見しようと10ドルチップを赤に置いた。
一度ホテルまで戻ってわざわざカジノまで戻ってきたこの労力を考えるといきなりほぼ全財産を賭けるのには、ためらいが生じていたのだ。
するとディーラーに10$は賭けられないと言われてしまった。
ミニマムベットは10$じゃないのか?と聞くと、赤黒に賭ける場合のミニマムベットはインサイドベットの4倍で40$からだという返答だった。
ルールとはいえ所持金が少ないルーレット初心者からすると話しが違うじゃないか!という気持ちになる。
ならばやはり一気に勝負出ようという気になり私は100$チップを赤に置いた。
しかし結果は31の黒。私の100$チップはそのまま回収されてしまった。
一気に全額を賭けなくてよかったという考えがよぎったが、こうなるともう「今生じた損失を取り戻さないと」という強い気持ちしかない。
次はまた100$を赤に賭ける。
またしても結果は黒で私のチップが回収されていく。
始まって数分で-200$。予算はもう残り200$。
もうブレーキは完全に壊れてしまった。なにも考えずに200$全額を赤に賭ける。もうどうにでもなれという感覚が芽生えていた。
そして、ルーレットの球はコロコロと転がリ始めた。私は球の行方を目で追った。ベット終了の合図を告げる鐘が高らかに鳴る。
私はここで負けたらまじでキツイなーと急に冷静になりはじめて、せめて100$ベットにすればよかったと後悔していた。
鐘が鳴るのがもう少し遅ければ、ベット額を減らしていただろう。しかしもう遅い。私がほぼ所持金0になるかを決定づける運命の球はもう既に転がってしまっている。
私はもうゲームの結果を見届ける勇気がなくなっていた。ルーレットの球の行く末を見ることができず、ルーレット台から目線を外していた。
周りのプレイヤーからダサいと思われるのが嫌で、他のテーブルのゲームをボォーと眺めているフリをした。
外れる予感しかしなかった。ここまで2連敗。この流れが急に好転するわけもない。この後どうしようか。ホテルに戻って飛行機の時間まで部屋にこもるか。そんなことを考え始めていた。
周りの雰囲気で球が落ちた気配を感じ取った。ディーラーが結果を告げるが、既に心ここにあらずの私の耳には届かなかった。
2.独自ベットシステム開発
私の手元にディーラーが手を伸ばしたのを気配で感じて、私はゆっくりと目を開ける。すると200$が倍になって返ってきたのが確認できた。
結果は12の赤
私はホッと胸をなでおろして天を仰いだ。喜びではなく、胸を満たしたのは安堵感だ。
しかし次のゲームは既に始まっている。他のプレイヤーはまたいろいろな数字にそれぞれのチップを置き始めていた。
私はまた赤に200$をそっと置いた。勝ちたいという気持ちではなく、苦しさがこの200$を賭けさせた。
「早くこの戦いから解放されたい。」
1,000$を取り返せるのか、このまま虎の子の400$を失うのか。どっちになるのか分からないが、ともかく早くこの苦しさから解放されたかったのだ。
金銭感覚が既に麻痺していたというのもあるだろう。
再び赤に賭けた後、玉が落ちるまでの瞬間が非常に長く感じる。ディーラーの鐘が鳴る。
私は先程同様、勝負の行方を最後まで見届けることはせずそっと目を閉じる。
今回は先程より心は平静を保てている。そして200$はやりすぎたかと後悔しはじめていた。
今回はしっかりとディーラーの声が聞こえた。
「14 Red」
Redという言葉が聞こえた瞬間、握りこぶしを作り小さい声で「よし!」と呟いた。
400$スタートで、600$まで資金が増えた。
本日のトータルはまだ-800$だが本日初めて元手が増えた気がした。
少し落ち着きを取り戻すと、ベット額を50$まで下げた。
確率的に3連勝はさすがにないだろうと感じていたのだ。
赤・赤と来ているので、黒に賭ける。
しかし結果は7の赤でハズレ。
ここはハズレでもいい。私は小さくうなずくと、ルーレットの勝ち分である残り150$を次のゲームに突っ込んだ。
ここで勝てば、先ほどの-50$を取り戻して、100$プラスになる。
4連続赤はないだろうと、私は黒に賭けた。
結果は10の黒。
この手法はなかなかいい。
私は50$賭けて負けたら150$賭けるという手法でしばらくプレイを続けた。
50$賭けているときにすんなり勝てれば、次のベット額も50$を賭ける。
2連敗しない限りチップは延々と増え続けていくことになる。
そして幸い2連敗することなく、手持ちチップはついに900$まで来た。
しかしここで初めての2連敗を喫する。2連敗で失った金は200$。200$失ったなら、一発で200$勝てばい。
私は200$ベットし2連敗の負け分をとりあえず取り戻そうと決めた。ここで負けてもルーレットではまだプラスだ。金額は同じなのに先程までの200$ベットとは気分は全然違う。
そして幸いここでしっかり勝ちを拾った。
新しいルールが加わった。50$賭けて勝ったらずっと50$ベット。負けたら150$ベット。2連敗したら200$ベットで負け分を取り戻すというものだ。
3連敗したら-400$となるが、それでもプラスだから問題ないと思えた。
そして3連敗したらどうするかは考えていなかったのだが結局3連敗はないまま、手持ちチップは順調に増え続けて1,500$に達した。
さっき負けたのが1,000$。400$でスタートして、1,100$増やした。
これで今日はプラ転だ。さっきまでの絶望感はなんだったのか。。。
安心感を通り過ぎるとどんどん自信が湧き上がってくる。現状ブラックジャックの負け分を取り戻して、今日はトータル100$プラス。
ここでやめてもよかったのだが、さっきあそこまでどん底に落とされて明日には日本に帰国しなければならない状況にまで陥った。あんな苦しい思いを味わって、たかが100$の勝ちで満足できるはずがない。
そもそも明日には帰国することになっているので、今夜はもうやることがない。
ブラックジャックの負けはブラックジャックで取り返そう。
私はルーレットを切り上げると再びブラックジャックテーブルへ足を向けた。